「子どもの村 福岡」ガンをおして設立した原田光博氏(故)の念願かない設立、里親家庭の支援施設が誕生!

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命がけで人の役に立つ仕事を無給のボランティアで行う人はどの時代にも希少ながらいるものです。称賛に値します。しかし、それも命がけで行う人は歴史に名を残すに値すると思います。

今は亡き原田光博氏は、そんな一人に含められるに違いない。彼はガンに侵されながらも、里親家庭の支援施設である「子どもの村 福岡」の設立に奔走した。その「子ども村」が今月の24日(平成22年4月24)にめでたく開設した。

里親家庭の支援施設「子どもの村 福岡」誕生

私は福岡県で20年以上生活していたことがある。それで、その福岡市の西区今津にオープンした、「子どもの村」にがぜん興味がわいた。

この「子どもの村」は里親家庭の支援施設だ。児童虐待や他のやむをえない理由で実の親と暮らせない子供たちと里親が暮らせる環境を提供してい施設だ。

「子どもの村」は里親家庭の支援施設

設立の中心人物は、故 原田光博 氏である。福岡の老舗菓子屋「千鳥饅頭総本舗」の社長だ。(ちなみに家族の大好物は千鳥饅頭だ!)

彼が思いたったのは、40年前らしい。「SOSキンダードルフ」(NGO組織)は世界133の国や地域で「子どもの村」を運営しているが、戦災孤児を支援するオーストレリアのイムストに1949年に設立された、「子ども村」をその彼が訪問した。

その時の様子について原田光博 氏が語ったとされる言葉が朝日新聞に掲載された。彼はこう語ったという。「村のこどもたちが愛情たっぷり注がれ、生き生き、のびのびしていた」

それ以来、日本にもその「子ども村」を是非作ろうと奮起し、協力者や資金集めに尽力した(当然、千鳥饅頭のほうも売りながらだろう)。

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原田光博 氏は命を削りながら

土地探しがなかなか進まなかった時彼は、ガンを患い入院していたという。しかし有力な施設の候補地があがった時、病院から抜け出し地主と交渉に出かけたという!まさに命を削りって設立にこぎつけたのが、この「子ども村 福岡」だという。その甲斐あってはれて今回のオープンにこぎつけたのだが、原田光博 氏がその施設の運営開始を見届けることはなかった。

昨今、幼児や児童を虐待する親たちのニュースが後を絶たない。実に悲しいい話です。その惨事に私たちはいくら目や耳をそむけても、問題はなくならない。

原田光博 氏のような自分の命を削ってまで恵まれない子供たちを救おうとする人々はどれほどいるのだろうか?命がけでなくても、金銭的な援助をしようとする人はいつでも感謝されている。

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